トップ画像
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告
今日の動画:ペルソナ3MAD
2008-03-29 Sat 13:42


「未来はこの手にあるから」

歌詞とのシンクロが神なので、歌詞にリンク

ニコニコ版には画質等の修正版があるのですが、
アンチコメもすごいですな。本編に対する。

以下またちょっと本編EDに対するネタばれ含みます。



結局のところ、脚本の人がHappy Endで終わらせたつもりでも、
どうしてもそう受け取れない、死は悲劇でしかないという受け取り方の人はいるので
FESのアイギス編でどれだけ補足しようとしても、
生き返らない限りそこには深くて昏い川が流れているわけですよ。

だもんだから、本編で納得してる人には「蛇足」「説明しすぎ」といわれるし
納得できない人には「やっぱ全然だめじゃん!」となるわけで。

わたしはあのEDがものすごくしみじみと来たので、アンチの人が
これだけいるっていうのがほんとに驚きでした。
ついでにいうと、主人公が大晦日の選択でリョージを殺すEDをBADエンドと表現するのも違和感が。
あれはアナザーEDじゃないですかね。
またはやさしさエンド(笑
卒業式の最中のゆかりと順平との会話でもそれが「悪いことではない」「負けではない」という風に説明されています。

アイギスがベルベットルームの最上階(命の意味を知る旅路の終点)へ到達したにもかかわらず
死なないのは、アイギスは生物ではなかったからです。
アイギスは命の意味を知り「生きた」。誕生の瞬間なんじゃないでしょうか。
だからロボットとしての機能が焼ききれていても目を覚まし、
「コレじゃあまるで本当に生きているみたい・・・」と風花が言うのはまさにその通りなのではないかと。

コミュの中で一番ストレートにその主題を扱っているのが
地味で人気のなさそうなコミュですが(笑「余命いくばくも無い青年【太陽】」ですよね。
太陽のタロットの意味は「幸福な状況や希望ある将来」や「安定、明るい未来への可能性」です。
つまり、少し先にある成功/完成への途中です。
彼は近い将来自分が死ぬことに絶望していますが、主人公と会ううちに死を受け入れます。
そして幸福に死んでいきました。
FESではその母親が後日ベンチにおり、主人公に礼をいいます。
「産んでくれてありがとう」「産まれてくれてありがとう」と。
このコミュだけでP3の主題の半分くらいおわっちゃいそうです(笑

ニュクスは「死」そのものなので、リョージの言うとおり、倒せないし、立ち向かって乗り越えるのは生き物である限り不可能です。
ペルソナ2における「ニャルラトホテプ」(人類の意識が底に持つ普遍的・集合的な無意識。そのうちの特に現状に対する憂鬱・不平不満・反抗心)とは
またまったく異なる存在です。
アイギス編のラスボスは「エレボス」(奈落の王)ですけど、ゲーム中の説明を見る限り「ニャルラトホテプ」だとおもいます。
ニャルラトホテプがニュクス(死)を求めて接触しようとするのを防いでいるのが主人公の最後の姿でした。
彼は「犠牲になった」のではなくみんなに「希望を託した」のだと思います。
というか、FESの主人公の行動に対する補足はやってみたあとになっては(笑)ない方がいいと思ったりします。
ただ、残されたみんなが主人公の行動をしって、
本当の意味で命の意味を知るスタートラインに立った(ベルベットルームに入ることができた)という点では良かったですね。

なので、あれは主人公は「死んでない」ともいえると言いたかったんじゃないかと思うんですけどね。
でも否定派が求めているのはそういうのじゃないわけですよね(笑
スポンサーサイト

ペルソナ | コメント:0 | トラックバック:0
<<今日の動画:ペルソナ3MAD その2 | 立体鳥類模型店 | 今日のゲーム:ペルソナ4 >>
この記事のコメント
コメントの投稿
| 立体鳥類模型店 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。