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今日のゲーム:ペルソナ3 FES
2008-03-18 Tue 12:57
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3の舞台を使っているというペルソナのアニメを見てるんですが、
ペルソナは1が結構好きだったので2を飛ばして買ってみました。

3から絵が金子一馬からアニメのキャラデザの人に変わったんですねー。
女性イラストレーターっぽい中性的な絵柄ですな。
目が離れてて、鼻が薄いのが特徴でしょうか?
すっきりしてて好きです。

買ったあとで、アペンドディスク出てることに気づいたので
途中でアペンド版を購入。
いまだと最初から同梱版というかオールインワンもあるんですのね。

ペルソナのときからそうだったんですが、
高校生の主人公たちが非常に現代的でありながら、
生の、等身大の人間に描かれているところが好感が持てます。

もちろんアイコン的なところも濃厚なんですが、
勇者的な熱意というのでもなく、負の感情もちゃんともっている人間くささがよいです。

特にじゅんぺーとゆかりに集約されてると思うんですが、
生生しすぎていやなものとして映るところもあるんだけども
生きたキャラを書こうとしたらそういうものだよね、と。

じゅんぺーのお調子者なところ、チキンなところ、友達想いなところ、
ゆかりの生真面目なところ、やさしいところ、ヒステリーを反省をするところ
直球と屈折なんかがとてもよくできたバランスだと思います。

基本みんなまじめで、自分の失敗や過ちに対してはうやむやにせず
きっちりオトシマエをつけるところなどは
なんちゃってドラマづくりには抜け落ちやすいところだと思うのですが。
友達は近くなればなるほど、「ごめん、自分が悪かったね」と素直に謝るのは逆に難しくなっちゃいますよね。

じゅんぺーが主人公へ「ちょくちょくつっかかってごめんな。でも今は一番信頼しているんだぜ」という台詞や、
アイギス編でゆかりが「彼と同じ能力に目覚めたのが何故私ではなくてアイギスだったのかって悔しかった。これって嫉妬だよね、ハハ・・・」と謝罪するところなどがたまらなく好きです。
勝ち抜き戦で勝ったアイギスから尚も鍵を奪おうとするゆかりの展開なんて、
ちょっと普通のゲームではありえない描写だと思いますが(笑

舞台装置は派手で大げさなんですけど、人間ドラマは小さな台詞の積み重ねで地に足がついているところがいいのです。

以下は超ネタばれのエンディングについての感想です。



ちょろっとまわってみて、意外に嫌がってる人や怒っている人がいるなあ、と感じました。
確かに主人公が死ぬというEDは衝撃的なものではあると思うのですが
彼は代えがたい満足感の内に、人生のピークで死ぬという、最高の死を迎えるわけで、
それはとても幸せなことだと思うのだけど・・・。

すべての生き物は、「生きるために生きている」わけで、
「何かを成そう」とくっつけるのは人間だけです。
人間は「生きるために生きている」だけじゃダメだというわけです。
「何かを成さねば生きている意味がない」のは人間だけです。
他は強いて言えば「子孫を残すために生きている」でしょうか。

その人間特有の考え方で言えば、何かを成した、しかも
「世界を守る」というこれ以上はないような大事を成し終えた主人公が
死ぬ、命を終えるというのはそれこそ「命の意味」そのものなんじゃないでしょうか?

もっとも、彼は世界を守るとか、地球を守るとかの大それたものではなくて、
絆を結んだ人々の「明日」を守りたいという小さな願いだったと思うのですが。
そういう意味でも「明日」がこなくなるというFESのストーリーは大いに関係があるとおもいます。

主人公は「命の意味」を知り、文字通り人生の幕を閉じる。
でも他のメンバーたちはいまだ意味をしらず、
答えへの路の途にあるわけで、その終わりへ向けた旅路を守った。
主人公のいない明日を受け入れきれなかった残された人々が
自ら扉を開けて出て行き、通り過ぎた過去へ鍵をかける。
という良いラストだったと思います。

主人公編は「命の”死の”意味」、
アイギス編は「命の”生の”意味」をみつめる話だったのではないでしょうか。

恋人の膝枕で死ねない不満はあるけどね!(゜ё゜)
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